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Vゾーンの面積の多くを占めるのがシャツ

Vゾーンの面積の多くを占めるのがシャツです。襟型や素材など、シャツの選び方によってスーツの見え方が大きく変わってきますので、おろそかにはできません。襟型は後で詳しくお話しするとして、まず素材のお話から。シャツの素材は綿100%が基本となります。最近では綿と素材を混紡した形態安定のタイプやストレッチ性のあるものが出てきていますが、プレスがきいて襟がキレイに決まるという点で、綿100%のものが最も優れています。綿以外の素材が使われている場合でも、着心地重視で選びたい方は混紡率ができる限り低いものがいいでしょう。また、同じ綿でも織られた糸の大きによって、見た目と着心地がずいぶん違います。細い糸で織られた生地ほどお値段も高くなっていきますが、綿でありながらシルクのような光沢感があり、肌触りも非常によく、ドレッシーな雰囲気を持っています。

暑い夏のための装いと身の回り品にきちんと注目

夏らしい夏服が欲しい、と思ってもその頃には秋のものばかり。毎年こんなことで、夏服を買いそびれているように思う。若い人はTシャツにコットンのパンツやスカート、というふうにラフでカジュアルでいられるから、気にせずに夏を過ごせるように思える(そうでもないかな、今の人たち)。いずれにしても夏だけを過ごすための大人の服が欲しいのだ。きちんとした装いで出かけるための夏服。季節を大切に楽しみ味わっている国民だった。そんな日本の良さがどんどん失われていく現在、できることから取り戻して、もう一度その国民性を身につけたい。などと思うのも年のせいだろうな、と考えるけれど、気づいたときが取り戻しどき。まずは、暑い夏のための装いと身の回り品にきちんと注目したい。

「スーツ」の直接の祖先

現代の背広服のような上下揃いの生地で作られた「スーツ」の直接の祖先は、十九世紀中期に誕生する「ラウンジ・スーツ」である。そして、冒頭に述べた構成要素、すなわち「長袖上着+ズボンナヴェスト+シャツ+タイ」という構成要素からなる衣服システム、という観点で見れば、この「ラウンジ・スーツ」の元祖ともいえる遠い祖先は、一六六六年十月七日に誕生したことになる。こんなふうに特定の日付が「スーツの元祖誕生日」にできるなんて、いかにも怪しいかぎりなであるが、当時、日記をこまごまとつけていただけで後代に「日記作家」として名を残すことになってしまったサミュエルーピープスやジョンーイヴリンの記録を信じるならば、そういうことになるのである。では、この日にいったい何か起こったのか。ピープスの日記には、問題の日、すなわち十月七日に、ときのイギリス国王チャールズ二世がこんな衣服改革宣言をしたと記されている。「余は新しい衣装一式を採用することにした。この衣装は、もう変えることはない」この時に採用された衣服のシステムこそ、今の「スーツ」の構成要素を作るものにほかならない。あくまでもこの構成要素中心の観点において、この日を「スーツの元祖誕生日」とするわけである。もう一度確認しよう。「スーツ」というのは、「上着十ズボン十ヴェスト十シャツ十タイ」という構成要素からなる男性服のシステムを指す。このシステムにおいて、上着とズボンとヴェストは連続性をもつワンセットの服であり、必ずしも同一の服地で作られている必要はない。文脈上、システムのなかから一部の構成要素をはずして「スーツ」と呼ぶこともある。